(この記事は2015年12月25日時点の情報です)
※土井光先生は2017年4月1日より院長に就任されました。
土井 光 先生(内科)
ついさっきしたことを思い出せない……アルツハイマー病の危険性があるかもしれません。
土井内科神経内科クリニック
【住所】広島市中区紙屋町1−1−17広島MIDビル
【TEL】 082-242-7878
アルツハイマー病の患者さんやそのご家族の、生活の質を守るための治療を心掛けているという土井先生
予備軍も含めると推定800万人もの患者がいると言われている認知症。高齢化社会に突入し、その不安感がますます高まっています。通常、一括りにされることが多いのですが、認知症はその原因によっていくつかの種類に分ける事ができます。
今回は認知症の中でもアルツハイマー病について、中区紙屋町にある土井内科神経内科クリニックの副院長、土井 光先生にお話をうかがいました。
未だその発症メカニズムは解明されず、治療方法や予防方法も確立されていませんが、症状の進行を遅らせ、発症のリスクを減らす予防に効果を上げる方法がいろいろと研究されています。アルツハイマー病の症状をはじめ、その治療方法、患者に対して気を付けた方がよい対処方法までとてもわかりやすくお話しいただきました。年齢が上がるにつれて発症の危険性が高まるアルツハイマー病。決して他人ごとではないはずです。
認知症について教えてください。
認知症というのは、今まで獲得された機能が失われる病気です。例えば通常人は、赤ちゃんの時には何もできませんが、成長とともに言葉が話せるようになり、計算ができるようになります。これが獲得された機能です。スポーツもある意味では獲得された特殊技能ですよね。人間の場合は感情の発達を伴って、どんどん発達していきます。一方、認知症の場合には、いままで得た知識や思い出、獲得された能力が徐々に失われていきます。
子どものときには脳の神経細胞がどんどん増えていく状況にあり、神経同士のネットワークもどんどん発達していきますが、認知症の場合には、その反対で、神経細胞も減り、神経同士のネットワークも減ってくるのです。
認知症にはどのような種類があるのですか?
機能が衰えてきた状態を一括りで認知症というのですが、実はさまざまな原因があります。
記憶力の低下が特徴のアルツハイマー病、小さな脳梗塞が何度か重なって起こる血管性認知症、がらりと人格が変わるような前頭側頭葉変性症、幻覚や妄想が主体のレビー小体病などがあります。もの忘れしか見られずほとんど進行しない認知症などもあります。
認知症というと単なる物覚えが悪くなったという症状だけのように思われる方が多いのですが、いろいろな症状があるということは知っておいていただきたいですね。
さらに、認知症のように見えても、慢性硬膜下血腫だったり、特発性正常圧水頭症だったり、ほかの病気が隠れていることもありますので、必ず神経内科を受診していただいたほうがいいと思います。
認知症と一言で言っても、いろいろなのですね。
その通りです。上記の認知症の種類の中で、アルツハイマー病が約半数の5割強を占め、認知症の中で最も多い疾患です。
アルツハイマー病について教えてください。
はい。主に70代〜80代の方に発症することが多いですが、中には若年性のアルツハイマー病の方もいらっしゃいます。
アルツハイマー病患者の脳内では、神経細胞が急激に減り、高度の認知障害や知能低下、人格の崩壊などが起こります。
初期には年月日がわからなくなったり、物を置いた場所を覚えられないので置いたはずの場所に物がない、誰か盗ったでしょう、という物盗られ妄想などが起きます。怒りっぽくなった、というご家族の訴えもよく聞きます。
さらに、買い物時に支払いがうまくできなくなったり、今いる場所が認識できなくなり迷子になったり、季節に合う服装を選べなくなったりもします。生活の中では、リモコンや電子レンジなどそれまで普通に使えていたものまで使えなくなります。料理のレパートリーが減ったり、味付けが変わることもあります。
さらに悪化すると、被害妄想や幻覚などが強くなり、家族や身近な人が認識できなくなります。また知的障害が進行し、言葉の機能を失い意思疎通が難しくなったり、身体機能の低下を伴って介護が必要になります。
アルツハイマー病の原因は何ですか?
脳内で特殊な異常たんぱく質が増えていることが確認されています。アミロイドβというたんぱく質が蓄積され老人斑を形成し、さらに神経細胞内にリン酸化タウが蓄積することで、脳の神経細胞が急激に破壊され、脳の委縮が見られます。成人の脳は通常1400グラム前後ですが、発症後10年もすると900グラム以下に委縮しています。
年齢が上がるに連れて発症の危険性は高まるので、一種の老化現象だとも言えます。
ということは、誰もがアルツハイマー病になる危険性があるのですか?
そうとばかりは言えず、遺伝的な背景もあります。
アルツハイマー病の場合、発症の20年以上も前から、脳の中に蓄積されたアミロイドβというたんぱく質が蓄積することが、その始まりだと考えられています。
このアミロイドβが蓄積しやすいかそうでないかは、遺伝によるところも大きいのです。
例えば、アポリポ蛋白E4の遺伝子があると、その家系はなりやすいと言えます。この遺伝子があると、先ほどお話しましたアミロイドβが蓄積されやすい傾向があり、逆にこの遺伝子がなければ、アルツハイマー型認知症にはなりにくいのです。
ただしここでしっかりと押さえておきたいことは、この遺伝子を持っているからといって絶対にアルツハイマー病になるわけではないということです。もちろん、この遺伝子を持っていなくても後発性の原因によって発症しやすくなる方もいらっしゃいます。
他にも危険性はあるのでしょうか?
はい、生活習慣病の重要性が見直されています。
脳で作られたアミロイドβは、通常は血液とともに除去されるのですが、動脈硬化が起こっていると除去がスムーズにいきません。そのため生活習慣病を発症していると、動脈硬化が進行するため、この物質が脳に貯まりやすくなり、発症の危険性が高まるのです。
さらに、糖尿病患者の場合は、インスリン抵抗性といって、インスリンが正常に働かないためにアミロイドβの産生を促進するといったデータもあります。
よくわかりました。ではアルツハイマー病の治療方法を教えてください。
残念ながら、現段階では死んだ脳細胞を蘇らせることができないので、未だ治療方法は確立できていないのが実情です。
実際に行う治療は、まずアルツハイマー病の進行を少しでも遅らせること。具体的には、脳のアセチルコリンという物質を高めることと、脳細胞が壊れるときに影響するグルタミン酸を抑える薬を使います。
アリセプト・レミニール・イクセロンパッチやリバスタッチパッチはアセチルコリンを高める薬です。一方メマリーは脳細胞を少しでも温存するために働く薬です。
個々人それぞれ薬の反応は違いますので、投与量などを間違うと逆に興奮したり、寝込んでしまったりするので、薬の知識および投与経験の十分ある医師に処方してもらうことが大事です。
健康保険は適用になるのですか?
今話した5種類の薬はすべて保険の適用内の薬です。うまく組み合わせながら症状と付き合っていくことになります。ただ、認知症というのは物忘れや道に迷うだけが症状ではなくて、気分が落ちるうつ状態や逆に興奮したりするそう状態、攻撃的になったり、大声を出したり、徘徊するなど精神症状も多い病気です。実際に困るのはこのような症状ではないでしょうか?ですからもの忘れの治療だけでなく、このような症状も一緒に治療する必要があるのです。
主に薬物療法を行うのですか?
薬物療法を用いつつ、適度な運動や認知活動、家庭環境の整備などを行います。
介護保険などを用いて、積極的に体を動かしたり、人とたくさん話をしたり、ゲームをしたりして、脳を活性化すること、生活のリズムを作ることも重要です。
環境の整備では、例えば、痛みがあるのにうまく伝えられずにいたり、不安があって夜眠れていない事で昼夜が逆転したりするような場合もあり、そのようなことが怒りっぽい、機嫌が悪い、大声を出す、時には暴力を振るうなどの症状につながります。そうなると、家族間にもさまざまな問題が生まれ、余計に症状がひどくなることもあります。またこの病気は高齢者に多く、腰痛や膝痛など他の病気との併発が多いので、その辺の痛みを取り去ることで精神症状が改善されることもあります。
さまざまな症状がありますが、物忘れや道に迷うような症状を中核症状、また怒ったり、興奮したり、うつになったり、攻撃的になるような症状を周辺症状として区別しています。
中核症状については主に薬物療法を用いて症状の改善を期待しますが、周辺症状についてはそれが起こり得る原因を考えその環境を改善することがまず大事です。どうしようもない場合は薬を使うこともあります。
紙屋町シャレオ地下街の東6番出口を出てすぐ。シルバー色したビルの1階です
患者さんの環境も含めたすべての状況を把握する必要がありますね。
その通りです。患者さんの症状や環境を把握することは、患者さんご本人のためでもありますが、精神症状が出てくると患者さんの介護をする周りの方も困るので、ご家族のためでもあるのです。ですから、症状があまりにも攻撃的だったりすると、それを穏やかにする薬を投与するなど、時にはご家族を優先して、少しでもご家族の負担を軽減するような治療を行うケースも出てきます。その場合には、ご本人の意思確認がしづらい病気なので、ご家族と相談して行うことになります。
家族間の問題はなかなか把握しにくいかと思いますが、どのようにされているのですか?
とにかくじっくりと患者さんご本人やご家族と話をすることですよね。それ以外になかなか手立てがないのが実情です。
診察の時はもの忘れなどばかりに目が行きがちですが、診察時間が許す限り話を聞くことと、患者さんのさまざまな様子をしっかり観察することも大切なことだと考えています。
では、アルツハイマー病の患者さんをケアする際の注意点をお願いします。
アルツハイマー病の患者さんの症状の1つに“物盗られ妄想”があります。「○○がない!盗ったでしょう!」と言われても、他の場所に物を置いたこと自体を忘れてしまっている病気なので、怒って言い返しても仕方ありません。ただ、これが肉親だとかえって難しいのです。遠慮がありませんから。
とにかく冷静になって「ないの?じゃあ一緒に探そう」と言って一緒に探すようにします。しかも、先に見つけて「あったよ」と言うのではなく、自然と見つけられそうな場所にそっと置いておいて、本人が自分で見つけられるようにすると、納得もされるのでよいでしょう。
他にも、大声を出す場合は、本人にとって何か不都合なことがあるからかもしれないと考え、その原因を追究し、本人が快適に過ごせる環境を整えてケアしていくのです。
なるほど。他には何かありますか?
介護する人を一人に限定するのではなく、ご家族何人かで交代しながら介護に当たることをお奨めしています。なぜかというと、物盗られ妄想など、怒りの矛先は、一番身近にいる人に向かいやすい傾向があるためです。一人に限定しない事で、患者さんはいろいろな刺激を受けることができます。ただし、いつも初めての人だと逆効果です。ある程度見知った関係の方がいいでしょう。
介護する人にとってもそうできたらいいですね。
その通りです。一人ですべてを抱え込むと、その負担は計り知れません。
とにかくこの病気は、患者さんに対して「ダメ、ダメ」と言うと、余計に関係がおかしくなるので、状況を悪化させないためには必要なウソ、良いウソをつく必要があると思います。悪く言えばその場しのぎではありますが、その結果、患者さんが穏やかに暮らせるのであれば、必要なことではないでしょうか。
徘徊する症状などもあるのですよね?
徘徊するのも、本人にとっては理由があるのです。買い物に行かなくちゃいけない、とか、頭の中は昔に戻るので仕事に行かないといけない、といった理由です。それを「ダメ、ダメ」と言われても本人は理解できません。「もう仕事なんか10年前に退職しているじゃないの!」と言うのではなく、「今日、会社はお休みよ」と言って納得させてあげる、良いウソが必要な場合があるのです。
アルツハイマー病を予防する方法はあるのですか?
人とよく話をして、適度に体を動かすことが非常に効果的だと言われています。特にアルツハイマーの前段階、物忘れがあっても日常生活には支障がない軽度認知障害(MCI)の段階には、たいへん有効です。最近では、体を動かしながら同時に頭を使うことが、特に重要であることが分かってきました。
ちょっとおかしいな、という段階から早めに気付いて対処すると予防にもなり、病気の進行を遅らせるために役立ちます。
また、先ほど申しましたように、糖尿病、高血圧などの生活習慣病を防ぐことも大切です。喫煙、過度の飲酒を防ぎ、魚介類や野菜、オリーブオイルを多用する地中海式の食事を摂る。また適度な運動や将棋、囲碁などのレクリエーションをすることなども予防につながると言われています。朝晩30分のウォーキングなどは当院でもよく患者さんにお奨めしています。緑茶を飲むこと、楽器を奏でることなどもよいと言われていますよ。
病気の進行は人によって異なるのですか?
はい、さまざまです。発症してから亡くなるまで8〜10年というデータはありますが、あくまでも平均値です。もっと長い方の場合には、厳密に言うと、神経原線維変化を伴う老年性認知症という、もの忘れだけで、病気の進行がものすごく遅い別の病気の可能性もあります。脳にアミロイドがたまっているかが診断の決め手になるアルツハイマー病ですが、そのためのPET診断は健康保険の適用外なので、このような認知症もアルツハイマー病と一括りで考えられることが現実です。初期段階ではほとんど区別がつきません。5年10年と経過して、記憶以外の障害が出てこない場合に、ようやくこの認知症ではと診断されている感じです。
アルツハイマーの患者さんに接する際に先生が気を付けていらっしゃることは?
何度お会いしても覚えていただけない患者さんもいらっしゃるので、その場合には「初めまして」と挨拶するようにしたり、患者さんによっては「何度も会っているじゃないの〜」と言うと、取り繕い反応を見せる方もいらっしゃったりと、反応もさまざまです。ケースバイケースで、臨機応変に対応することが大切だと思っています。
まだ完全に治すことも、完全に予防する方法も確立されていないので、少しでも進行を遅らせ、日々困っていらっしゃる精神症状をできるだけ抑え、患者さんはもちろん、介護するご家族の生活の質を守ることを治療目標にしています。
地域医療に対する先生のお考えをお聞かせください。
当院では初期の診断と中程度の診断や治療はできますが、脳の画像検査や脳脊髄液検査など特殊な検査が必要な場合は、当院の提携先、広島赤十字・原爆病院で主にしていただいています。また私自身が週に1日日赤病院に勤務していますので、非典型的な認知症などについては日赤病院に入院していただくこともあります。もちろん退院後の治療は当院で行います。
さらに症状が進行して通院が難しい状態になると在宅やケアホーム、場合により往診の先生などにお任せすることもあります。また、施設を探すためには介護の専門であるケアマネージャーさんが、ご家庭の事情なども含めて相談にのってくれています。地域包括支援センターを利用するのもいいですね。
つまり、医療および介護の両面から、地域医療など横の連携で包括的に、認知症の方々をサポートする体制を整えなければならない段階に来ていると思います。
今後ますます患者さんの数は増え続けるでしょう。医者だけ、ケアマネージャーだけ、というのではなく、地域が一丸となって取り組む必要がある問題だと思います。
医師のプロフィール
土井 光 先生
●関西医科大学 医学部 卒業
●九州大学大学院 医学研究院 卒業
●神戸市立中央市民病院 内科 研修医
●天理よろず相談所病院 神経内科 医員
●九州大学病院 救命救急センター 特任助教など
●九州大学病院 神経内科 特任講師など
●九州大学病院 神経内科 共同研究員
●広島赤十字・原爆病院 神経内科 副部長など
●土井内科神経内科クリニック 副院長
-資格・賞与-
医学博士
日本神経学会 神経内科専門医・指導医
日本頭痛学会 頭痛専門医・指導医
日本認知症学会 認知症専門医・指導医
日本内科学会 認定内科医
広島県 認知症サポート医
難病医療費助成制度 難病指定医
Headache Master certificated by International Headache Society